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2008.02.21

猫撫で草紙 その8

ただいま「猫マニアッ句」4周年記念として春季限定特別企画エッセイ
「猫撫で草紙」連載中です
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<猫撫で草紙 その8>


たみちゃんは毎日通って来て車の下で寝そべっているが、隣の家や向かいの家

の奥さん達にも甘えた声を出している。雨の日以外は必ずやって来て、我が家の

庭だけでなく隣近所の玄関や塀の上でも寛いでいる。

雨の日でも雨がやめばすかさずやって来て、「にゃおわ~ん」と挨拶する。

雲行きが怪しく大雨になりそうな朝に訪れた時は、しきりに家の中に入りたがる。

ポストの上で昼寝をしているところを郵便配達員が配達のついでに頭を撫でたり

すると、「にゃあ」と鳴いて、ちゃんとお礼を言ったりする。

人付き合いの好きな猫なのかもしれない。たまにBさん宅の飼い猫の一匹、

『しろ』と言う名の妹分と連れ添って出歩いていることもあるが、大和撫子のような

顔立ちのしろちゃんに比べると、たみちゃんはいかにも社交的な性格だ。


その年の夏にはシドニーオリンピックが開催された。

田村亮子選手が悲願の金メダルを獲得し、マラソンの高橋尚子選手は三十五キ

ロ付近でサングラスを投げ捨て、見事なスパートを見せて優勝した。

ピアノ弾きとしての私といえば、ライブ活動を休止してから八年もの歳月が流れて

いた。練習や作曲や自宅でのピアノ教師の仕事は続けていたものの、演奏活動

復帰への展望は依然として靄がかかった状態だった。こういう時は「かねてから

弾いてみたいと思っていた曲をおさらいするのに最適だ」と思い、ラフマニノフの

コンチェルトやショスタコーヴィッチ、メシアンなどの曲を弾きまくっては発散してい

た。

朝、猫を家の中に入れて台所仕事をしていると、彼女はきちんと両手両足を揃え

た『お座り』をして背後に陣取り、野菜を切ったり洗い物をしたり、食器を片付けた

りしている私の動きをじっと観察する。そういう時、脳裏を掠めるのは十年前に亡

くなった母の視線だ。

「この子はこの年になって何をやっているんだかねえ、ちゃんと毎日ご飯を作って

食べているのかねえ」

と、猫の形を借りて様子を見に来た、亡き母の意識だ。


朝の簡単な掃除の時、リビングに差し込む日差しの角度が昨日までのと違うのを

認識すればその日はすなわち彼岸の中日。天気が良ければ、年二回必ず気づく

ほどに明瞭な光と影の変化がおこる。その年のその朝も日差しの角度が作る新し

く懐かしい気配で、季節の逡巡を知った。

当時は、練習の最期にラフマニノフ2番三楽章の最終テーマを口カラオケと共に

♪ジャジャーー♪ジャジャージャジャーーンとぶちかましてすっきりしてから、夕

方、K川の遊歩道まで散歩に行く習慣だった。ピアノと譜面を片付けて閉め切っ

ていた二階の窓を開けると、決まって向かいの家の塀で香箱坐りしているたみ

ちゃんが「にゃあ」と鳴き、自分の存在を教える。少し休憩してから、散歩用の

スニーカーを履いて玄関を出ると、ドアの前で待っていた猫はそのままついて

来る。しかし十歩ぐらい歩いた所でぴたっと止まり、後肢で後頭部を掻いたりし

て休んでしまう。

その場にしゃがんで猫の仕草を眺めていると、またすたすたとこちらに歩み寄って

来る。しゃがんだ私の膝元にすり寄る猫の頭を撫でていると、猫はそのうち道路に

『ごろにゃん』と寝っ転がってしまうので、今度は腹ばいになった猫のお腹をそろそ

ろと撫でる。撫でるのを終えて再び歩き出すと、また十歩くらいはついて来る。

そしてまた止まって、撫でて、『ごろにゃん』して…… の繰り返しで私はなかなか

本来の散歩に出発できない。

しかしどうしても此処から先はついて行けないという限界点があり、そこまで来ると

「じゃあね」と言って猫と別れる。毎日散歩に出る度にその遊びを繰り返していたら

その限界点は少しずつ延びて行き、その日は最高記録に達した。


武蔵野の風情と言われているものはこういう感じかなあと思わせる、『N緑地』

という名前の雑木林一帯を背にして、両側がサトイモ畑になっているアスファル

トの四メートル道路を、猫は私を半ば睨みつけながらついて来る。住宅密集地を

とっくに過ぎて、いつもの限界点をもとっくに過ぎて、下校中の小学生がちらほら

と歩く道を、意を決したような緊張した面持ちでついて来る。

時々は不安そうに立ち止まって、身体を舐め始める。四肢を投げ出し、尻尾を左右

に大きく振って道路に腹ばいになってしまったりもする。その度にしゃがみこんで

は「チッチッチッチッ」と舌打ちして猫の名を呼び、「こっちにおいで」と誘導する。

そんなことを五、六回繰り返し、いつもの十倍くらいは進んだ所で車の往来が多い

道路に突き当たった。猫も私もここまでが限界だと悟った。

猫はきちんと『お座り』をして、歩行を続ける私をその場で見送った。お座りしたま

ま天を仰ぎ「にゃおおーーーーーん」と犬のように一発遠吠えし、来た道を帰って

行った。暫く歩いてから、二度、三度とふり返って様子を見てみると、畑の中を

堂々と突っ切って近道してからアスファルトの四メートル道路に戻り、坂道の途

中で群生している草の匂いを嗅いで、文字通り道草していた。

雄猫は平気で遠出をするらしいが、雌猫はめったに遠くに行かないということを

猫本で読んだばかりでちゃんと戻れるかどうか少し心配だったが、いつもの散歩

コースを終えて帰宅すれば、門脇の塀上に澄ました顔をして座り込んだ彼女が

私の帰りを待っていたのだった。


散歩から戻った後、気が向いた時はたみちゃんを抱いてさらに近所を一周した。

猫は車道に近づくとやはり危険を感じるらしく、いくら「大丈夫だよ」と宥めてもその

道路に近付くともがき始め、腕を爪で引掻き、ロケットのように発射して一目散に

逃げて行く。その足の速さに驚き、

「たみちゃん、ウチまで駆けっこしようか?」

という呼びかけに応えた彼女はやはり勝負にならないほど速く走り、二着の私を

後頭部を掻き掻きしながら得意満面な様子で待っていた。


つづく

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