エッセイ

2008.05.19

猫撫で草紙 その31(最終回)

<猫撫で草紙 最終回>


二人ともあまりにげんなりしているので、義父も義母も早く帰って猫見つけて来

なさいと言わんばかりに私たちを引き止めることはしなかった。

結局二泊しただけで帰路に就く。

Hパーキングエリアには午後二時半到着、早速たらの写真を見せてエリア内の

従業員に尋ねて廻る。インフォメーションセンターには相変わらず何の情報も

入っていなかった。私たちは既に顔を覚えられてしまって、

「まだ見つからないのかね?」

と心配してくれる従業員のおばさんもいた。

エリア内を聞きまわった後は田んぼの中に点在する十数件の民家を訪ね、これ

また顔を覚えられてしまった人たちに励まされながら聞き込みを続ける。

何軒目かに、パーキングエリア外側の道路から程近い、Wさん宅を伺った。

小学生の男の子に写真を見せると、彼は即座に「見た」と言った。

「迷子猫が昨日も来て、一昨日もお昼に来て、餌あげました」

「あそこの納屋から出て来て、ウチの猫と一緒に餌食べたんだよ」

「お昼だったら絶対来るよ、夜にも一回来たよ」

初めて情報らしい情報を掴んだ!

「それじゃあ後でまた来て、見張らせてもらってもいいかな?」

と彼に頼み、少し元気の出た私たちは未訪問の家の聞き込みを続けた。


二日前、携帯電話に「猫見ましたよ」という通報があった時、見つかる可能性が

0パーセントから50パーセントになった気がした。そして今、男の子の話を

聞き、私の中では50パーセントが100パーセントになった。

たらは絶対この近辺に居るのだ!


他の家の聞き込みを終えてWさん宅に戻ると、男の子のおじいさんとおばあさん

らしき二人が、車で出かけるところだった。

運転席から、おじいさんがにこにこしながら身を乗り出し、

「猫、来てますよ!」

と教えてくれたので、あわてて納屋に走る。

庭の真ん中に、確かに『お座り』をした猫が居た。

が、たらより小さい白猫だった。

「ちがう」

がっかりして後ろの夫をふり返った時、車から降りて来たおばあさんが、

「その猫はウチの猫、お宅の猫は納屋の中に居ますよ」

びっくりさせて逃げ出さないように、今度は慎重にそのバラック作りの納屋に近

付く。中をのぞくと、湿った古い木造の暗がりに、ああ、ウチの猫が居た……

たらは怯えている様子で、今にも逃げ出しそうだ。私との距離を一定に保って警

戒しながら、うろうろと右に左に動いている。

「たらちゃん、たらちゃ~ん」

「たらちゃんここにいたの~? 遅くなっちゃってごめんね~」

猫撫で声で呼びかける私の声をじっと聞いているが、なかなかこちらに近づいてく

れない。

横でおばあさんが、

「そうそう、たくさん話しかけてあげるといいですよ」

と言いながら、ビニール袋に入れたカリカリ餌を手に掬ってたらに見せた。

可哀そうに、お腹が空いていたのだろう。たらは餌につられて素直に近寄り、以前

何回も学習したタイミングで、私は猫を捕まえることができたのだった。

たらは腕の中でにゃおにゃお鳴いた。厭がらずに抱かれてくれた猫は、虚ろな目を

して何かを思い出そうとしている。

側溝にでも落ちたのだろうか、野良猫たちと喧嘩したのだろうか、首輪は外れてし

まって身体全体がくすんだ色をしている。

白い部分はねずみ色に、黒の部分は埃っぽくなっていた。

夫はすぐさまキャリーを取りに駐車場に走り、その間出会った従業員の人々に、

「見つかったんです!」

と興奮しながら伝えたので、それを聞いた五、六人が現場に駆けつけて来た。

「やっぱり猫のいる家に行くんだわー」

「良かった良かった、事故に遭わなくて何よりですねー」

「見つかるとは思ってなかったですよ、凄いですね、奇跡ですねー」

人々に見守られながら、次々に声をかけられながら、私はただひたすら猫を抱い

ていた。


蝉たちは尚も鳴き続けていた。いつまでも高らかに唄い続けていた。

そして私は猫を抱きながら、無数の蝉の鳴き声が聞こえてくる覚醒したこの現実

をしっかりと意識していた。
                                                                                                                                                         

<猫撫で草紙 完> 
                                                                       

  
                                                                                                                                                    

‘奇跡の猫’たらちゃん
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2001年6月撮影
                                                                                                                                           


                                                                                                                                             
最後まで読んでいただきありがとうございました。

2008.05.13

猫撫で草紙 その30

<その30>


一時間が経ち二時間が経ち三時間が経つ。

走り抜けて行った植え込み地点に夫か私のどちらかが見張りをしていたが、猫は

一向に姿を見せなかった。

もわもわっとした暑さにもすっかり参ってしまい、ベンチに寝転んで、ただひたすら

待つことにする。

仰向けになって視界いっぱいに広がった空は、背の高い緑樹に囲まれて夏の光を

放ち、ふと気がつくと、一斉に蝉が鳴いているのだった。

昨日までの景色の見え方と今現在の景色の見え方が全然違う気がした。

一瞬にして猫を失った哀しみが全身に沁みて来る。

たみちゃんと別れて三日目の今日、たらまでいなくなってしまうなんて……
 
車に乗るのをあんなに厭がっていたのに、無理矢理連れて来てしまったのがいけ

ないのだ。胴輪のはめ方を動物病院で一応教わってはいたものの、ちゃんとテス

トしてみなかったのは迂闊だ。

暑さとショックで疲労もピークとなり、私は夫を責めずにはいられない。責め続ける

私に夫は何も応えなくなってしまった。


延々と続く蝉のお説教を聞きながら、五時間が経つ。雲行きが怪しくなり、蝉の

声は急にデクレッシェンドし、俄かに夕立になった。帰省を続行するつもりの夫に

楯突いて今日は自宅に戻りたいと言い張った。こんなにへろへろになっている

ところに、この重苦しい雰囲気の中で、あと三百キロ近くも走るのはこりごりだ。

明朝もう一度この場所に来て、ひととおり探してみてから実家に向かうという話

にまとまり、空のキャリーを車に乗せて、大雨の中をUターンした。


自宅に戻ってからすぐ、インターネットで検索し、『猫探します』の掲示板に書き

込みをする。写真を選んで、『猫探してます・情報をお寄せ下さい・保護してくだ

さった方には謝礼させていただきます』と書いたチラシを三十枚ほど作り、

カレンダーの紙の裏にも同様に書いたポスターを作った。

翌朝、再びHパーキングエリアに寄り、インフォメーションセンターにポスター

を貼らせてもらい、サイクリングセンターで自転車を借りて付近の民家を一軒

一軒廻る。猫を見なかったか尋ね、猫を見かけたら電話して下さいと頼み、

チラシを配り、電信柱にもポスターを貼り、再びインフォメーションセンターに

戻って「情報は一件も入っていない」と知らされてから帰省を続行した。

東北自動車道を北に進みNサービスエリアに寄った際、ベンチに座って、リード

で繋いだ仔猫を遊ばせている若い女性を見かける。

思わず、

「猫ちゃん大丈夫ですか? 車、厭がりませんか? 吐いたりしませんか? 

逃げちゃったら大変でしょ?」

と、立て続けに聞くと、

「もう一匹は置いて来たんだけれど、この子は目が悪くてとてもお留守番が

できないから連れてきたんです。もし逃げるようなことがあれば、こういう所

だと二度と戻っては来ないでしょうねえ」

と、落ち着いたもの言いの答が返って来た。

リードに繋ぐのは何となく可哀相だと思っていたのが間違いだったらしい。

ちゃんと無事に長距離をドライブしている猫もたくさんいるのだ。

その夜、何とか無事に夫の実家に辿り着き、猫の話をしながら夕飯の仕度を

手伝っていると、携帯電話が鳴った。チラシを見た女性からだった。

「昨日の夜七時頃、パーキングエリアのフェンスをくぐって行く、それらしい猫

を見かけました」

たったそれだけの話に胸の中を熱いものが込み上げて来た。

夜七時は私が決めたたらの夕食の時間だ。きっとお腹が空いたのだ。

何か食べるものはないかと探し廻っていたのだ。


たらがフェンスをくぐるそのうしろ姿、道路を渡り切って一メートルほど跳び上

がり、お尻を高く持ち上げながら上体を伸ばし、難なくするするするとくぐり抜

ける白黒模様の猫のその姿が、くっきりと目に映った。


聞き込みに使ったたらの写真
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君と居て六年経ちぬ八十八夜  2007年5月2日のマニアッ句です 


                                                        


<とうとう次回は最終回!どうぞお楽しみに!>

猫撫で草紙 その31 最終回へ

2008.05.09

猫撫で草紙 その29

<その29>


たみちゃんが引っ越してしまった三日後、たらをキャリーに入れて車に乗せ、

東北自動車道を北に走り、夫の実家に向かう。何回か車に乗せて慣れさせては

みたものの、「いやだーいやだー」としか聞こえない妙に哀しそうな鳴き声は、

出発から延々と続く。夫の実家は猫など飼ったことはなく、猫トイレも猫ケージ

も、つまり猫用品すべて持参で、荷物を詰め込んだ車内の不快指数は増すば

かり。


一時間ほど走って、少し休憩しようとHパーキングエリアに寄る。

ちょうどお昼どきで、パーキングエリアは夏の行楽客と行楽客を運ぶ車両で溢れ

ていた。

こまめに休憩を取って、人間も猫も気分転換しながら行くしかないなあ、

それにしてもそんなにのんびりしていたら今日中に到着できるのかなあ、

などと案じながら缶ジュースを買い、車に戻る。と、猫に胴輪を装着して、植え込

みを散歩させているはずの夫が、その胴輪だけを両手にだらりと持ち、呆然と

立っていた。

「逃げられた……」

「胴輪なんてするっと抜けちゃって、凄い勢いで走って行った……」

その意味を把握した時の私の形相はどんなものだったろう? 

胴輪を装着されはしたものの、車から出た瞬間、猫はやっと厭な乗物から解放さ

れた。しかしそこは行楽客の群集や、リードで繋がれて散歩している犬たちや、

歓声を上げて走り回る子供たちで溢れる異様な音が集まった、車の中より恐ろし

い場所で、多分、猫は一瞬のうちにパニックに陥ったに違いない。

しかもここは、自宅の庭ではない。家から50キロメートルも離れた見ず知らず

の土地なのだ。20分ぐらいうろうろしたら帰ってくるだろう、という訳にはいかない

のだ。

とにかく私は走り抜けて行ったというその植え込みの辺りをくまなく探し始めた。

最初は小さい声で、

「たらー、たらちゃーん」

と呼びかけていたが、何処にも見つからず、何処から出てくる気配もなく、私の

声はどんどん大きくなって行く。最初のうちこそ気恥ずかしかったが、こういう

所に長居する人はいないのだからと開き直り、旅の恥も掻き捨て気分になり、

『犬か猫かに逃げられちゃって慌てふためいて探している』のを周囲にも一目瞭

然の、大声の捜索になっていった。犬は呼べば悦んで戻って来るだろうが、猫は

そういう動物ではない。そんな事分かってはいるが呼ばずにいられないし他に

なす術も無い。


そこは何本もの背の高い緑樹が木陰を作り、数個のベンチも設置されている

ちょっとした憩いの一角であり、中央には何故か埴輪の石像が置かれている。

草むらの奥は高さ2メートルのフェンスが張り巡らされ、フェンスの下1メートルに

一般道路が、道路の向こう側には民家が何軒か、そしてそのずっと向こうまで

田んぼが続いていた。

電話ボックスから出て来た夫に何処にかけたのか尋ねると、「保健所」と答えた。

ちょっと早すぎるような気もするが、既に私たちは完全にパニくっていたのだ。

インフォメーションセンターに行き、事情を話して情報を請うと、たまにそういう

ことがあってパーキングの中で交通事故に遭ってしまう犬や猫もいると聞き、

不安はますます募ってくる。


植え込みのある場所から一番はずれにあるサイクリングセンターの、店番のおば

さんにも尋ねた。

イカ焼きやたこ焼きや大判焼きを売っている屋台のおじさん、制服を着て働いて

いる清掃会社のおばさんたち、休憩中のウエイトレスさん、従業員としてサービス

エリアに居続ける人たち全部に聞いて廻る。

「どんな猫ですか?白黒のブチ?ああそれなら大丈夫ですよ。シャムとかペルシャ

とか血統書付きの猫だとさらわれちゃう恐れもあるけれどねえ」

と、微妙な気休めを言ってくれるおばさんもいれば、

「猫がいなくなっちゃって探してるんですが」

と話しかけただけで、「俺には関係ないから」というように片手を横に振り、

そっぽを向いてしまうおじさんもいた。


<つづく>



猫撫で草紙 その30へ



果たしてたらちゃんは無事に見つかるのか?
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次回をどうぞお楽しみに!                            


2008.05.05

猫撫で草紙 その28

<その28>

七月に入り、酷暑の日が続いた。

夏休みに帰省する折、たらを連れて行こうと夫が言い出し、「まずは車に慣れ

させなくては」と、買い物やちょっとした車での移動時には猫同伴となる。

が、相変わらず、猫の方は大いに厭がっていた。

手術の傷跡も癒え、投薬も終わり、たみちゃんの入室も解禁になる。

夕食後、遊びに来たたみちゃんは、たらの定位置となってしまったかっての自分

の定位置に当然のように陣取り、うたた寝をした。そういう時、たらはソファーの下

で『お座り』をして、たみちゃんを必死で見張るのだった。

その年の梅雨は雨が少なかった。もわっとした暑さに耐えているうちに、何時の

間にか梅雨明け宣言が出されていた。

やっと入室を解禁されて、リビングがエアコンの冷房で快適なのを知ると、再び

たみちゃんは日差しの強い外よりも家の中で寛ぎたくなったらしい。

もしかしたらたみちゃんとももうすぐお別れなのかもしれないね、、、

涼しいお部屋でゆっくりしておいで…… 

そんな気分でひょいひょいと猫を招き入れる。

たらもひとりで居るより、お姉さんにリードされてあれこれいたずらするのが楽し

そうだった。  


七月最後の日曜日も酷い暑さだった。

その日ももちろんたみちゃんは朝ごはんを食べにやって来た。

たみちゃんの朝ごはんが済んだ後、窓を開けっ放しにして自分たちの朝食を

摂っていると、家の前の道路で携帯電話で話す、見知らぬ男の人の声が

そのまま全部聞こえてきた。

「荷物を入れようにもまだ家が空いてないからさー」

と話す大声にぎょっとする。Bさん宅の引越しは今日なのだ!

食事中にも関わらずサンダルつっかけて外に出る。

百日紅の枝の下で涼んでいるたみちゃんを抱きかかえ、Bさん宅にひと走りする。

Bさん宅には既にトラックが横付けされていて、これから荷物を運び出そうという

ところ。

「たみちゃん、引越しなんだよ」

突然のこの状況に少なからずショックを受け、呆然としながら猫に伝える。

B夫人の姿は見えなかったがB嬢が門の外に出て来て、

「たみ子がお世話になりましたねえ」

と、別れの挨拶を始めた。

たみちゃんは道路の端でごろんごろんと寝転んでしまって、背中を埃まみれにし

ながら私たちの会話を聞いている。引越しの意味がまだ良く解らなくて、ただ何と

なくはしゃぎ廻っている幼稚園児のようだ。

引越し先は隣町のS市、たくさんの猫たち総動員の引越し、と聞いた。

話が終わるとB嬢は、

「ほらほらっ、たみ子も一緒に行くんだからねっ」

と、のんびり遊んでいる猫に強く呼びかけた。


一旦家に戻り食事の後片付けをし、洗濯機を回していつもの日曜日を始めた。

洗面所の掃除をしている時、夫に呼ばれて和室に行くと、外から眺めている

たみちゃんが居た。改めて挨拶に来た風情の猫と私たちはしばらくの間、網戸

越しに向かい合っていた。

こういう時、猫は全てを理解しているように感じる。

私たち人間は猫の言葉を正確に理解できないが、猫の方では人間の喋る言葉な

んて全部解りきっているに違いない。森羅万象を受け止める力の波長というもの

があるならば、猫の波長の方が人間のそれよりもずっとずっと長いに違いない…


洗濯物を干し、掃除機のスイッチを入れていつもの日曜日を続行した。

ひょっと見ると勝手口外の日陰で昼寝をしているたみちゃんが居た。

午後二時過ぎにその姿を認めた後、彼女は二度とやって来なかった。


隣町にどうやって猫を移動させたのだろう? 

車に乗せて行ったのだろうか? 

たみちゃんはたらのように車を厭がって鳴きはしなかっただろうか? 

新しい家に着いて、他の猫たちと仲良くやっていけるのだろうか? 

明日の朝になったら「斉藤さんちに朝ごはん食べに行かなくっちゃ」と思わないだ

ろうか? 

その日ずっとそんなことを考え続けた。

そして次の日の朝、やはりいくら待っても鈴の音は聞こえてこなかった……
                                                                                                                                            


<怒涛のクライマックス! 第29話につづく>                                                                                                                                                                                   

tarapapa に乗っかって遊ぶ’たみちゃん’
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たみちゃん、元気でやってるかな~? 
taramama の心の中で ’たみちゃん’ は永遠に不滅ですっ☆


2008.05.01

猫撫で草紙 その27

新緑の美しい5月となりました☆

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この時期になると聴きたくなるのが、ビー・ジーズの「First of May」
邦題はご存じのとおり「若葉の頃」ですね。
ずいぶん昔の映画となりましたが、「小さな恋のメロディ」の挿入歌です。


             


それでは「猫撫で草紙」のつづきをどうぞ~


...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。


<猫撫で草紙 その27>


山形出身の夫の実家からこの時期、さくらんぼが毎年届けられる。

今年は思いついてBさん宅におすそわけに伺った。

「まあ、珍しいものをありがとうございます」

と、B夫人は喜んで下さり、

「もしよかったら、仔猫を見て行きませんか?」

と中に招き入れた。

N緑地に面したリビングからの景観は、さすがに軽井沢かどこかの別荘地のよう

だ。しかし、網戸の下の一角は猫たちの出入り口になって大きく破れていたし、

床には猫トイレの砂があちこちに散らかっているしで、猫たちが好き放題荒らしま

くっているのが一目瞭然。たみちゃんはいなかったが、外の塀の上に成猫が

三匹、リビングの床には猫砂を載せた新聞紙や包装紙が並べてあり、その上に

生まれて二週間ほどだという仔猫が二匹うごめいている。

B夫人と息子さんの二人暮しと聞いたから、人間の数より猫の数が多いことに

なる。

「猫の好きな人には喜んでもらえるのでねえ」

勧められて仔猫に触る。確かに猫の形をしているが猫ではなくて別の生き物のよ

うだ。たみちゃんもたらも生まれたばかりの頃はこんなにちっちゃかったのか?

初めて見る仔猫はあまりにも小さくて頼りなげで、おしっこ臭かった。


親猫はやはり仔猫を生んだ後、姿を消したのだろうか? 

だとしたらここにこうしていてちゃんと育つのだろうか? 

Bさんはもしかしたらブリーダーなのか? 

と思いつつも、何となく立ち入ったことは聞けないでいる。

ふらふら立ち上がって歩こうとする猫たちを見守り、窓いっぱいに広がるN緑地

の美しい緑を眺めながら二言三言交わしていると、

「実は家を売りに出していましてねえ、決まれば引越しすることになるんですよ」

と、寝耳に水の発言をした。

「ええっ? それじゃたみちゃんはどうするんですか?」 

と、これだけは即座に尋ねた。

「もちろん連れて行きますよ。ウチの猫ですからね」

引越しして、そのまま猫だけを置いて行ってしまう人の話をよく聞いていた。

『猫は家に懐く』から引越し先で暮らすのは可哀相だと思っている人々もいる

らしい。しかしたみちゃんの場合はどうなんだろう? 

もし引越して新しい土地に住み始めても、私のことを探して歩き廻って、迷子に

なってしまうのではないか? 図々しくそこまで考えてしまったが、

「たみちゃんを私に譲ってください」

とは、やはり言えなかった。

たらが来る前だったら言ってしまったかもしれないが……


自宅に戻ると、たらが切ない鳴き声で待ち侘びていた。

術後からずっと情緒不安定が続いている。とにかく目が覚めた時に誰か傍に

居ないと鳴き出してしまうのだ。

夫が出張から戻る前の猫と二人っきりの夜、もっと仲良くなりたくて猫の真似を

して遊んだ。

猫が欠伸をすれば欠伸をし、匂いを嗅げば私も猫の匂いを嗅いだ。

匂いを嗅いだら即座に猫パンチされた。

名前を呼ばれた時に返事をする練習もする。

何度も何度も自分の名前を呼ばれた猫は、その度に「あー」と鳴いて優秀だった。

                   
<つづく>


猫撫で草紙 その28へ                                                                   

2008.04.28

猫撫で草紙 その26

「猫撫で草紙」をご笑覧いただき、ありがとうございます。
2000年夏から2001年夏までの「猫たちとの一年」を綴っていますが、
そろそろフィナーレに近づいてまいりました。どうぞ最後までお楽しみに!

先々週、taramama は横浜に行ってきました。
本日の写真は赤レンガ倉庫でのフラワーフェステバルです。

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                     そ
                     れ
                     で
                     は
                     つ
                     づ
                     き
                     の
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                     じ
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<猫撫で草紙 その26>

梅雨に入っていた。

たらの身体は一回り大きくなったようだ。やって来たばかりの頃のようにそれほど

量を食べなくなっていた。

二回目の予防接種に病院に行き、投薬の努力の甲斐あって、『異常なし』の折り

紙付きとなり、やっと一息つく。「不妊手術は秋頃ですね」と言われて帰宅した。

しかしその数日後、たらは出血した。

このところ食欲も落ちて、やたら寝てばかりいるなと思った矢先だった。

トイレの砂やソファーに敷いてあるバスタオルにも出血を認め、あわてて動物病院

に電話をする。

「ワンちゃんには生理があるけれど猫ちゃんには無いのですよ。」

「診察しますからすぐにでも連れて来てくださいね」

先生の奥様に言われ、電話を切ると即座に連れて行った。車で五分の距離だが、

キャリーに入れられた猫はか細い声で怯えたように鳴き続ける。車はどうも苦手

なようで、まるでどこかに捨てられに行くのではないかと疑っているような、

哀しい鳴き方をする。

「先生に診てもらいに行くんだからねー、もう少しで着くから我慢してねー」

と、運転しながら宥めすかすしかない。

病院ではレントゲンを撮った。

「お腹にしこりがありますね。膀胱炎かもしれない」

と、またもや飲み薬を処方されて帰って来た。

帰ってきた途端、電話が鳴った。

「たらちゃん、妊娠しています」

レントゲンの写真を見た先生からだった。

「一匹お腹の中に居るのだけれど死産ですね。外に出て来れなくてそれで出血

があるんですね」

びっくりした。

緊急手術することになり、再びたらをキャリーに入れて車に乗せて病院に運ぶ。

術後は病院に一泊となり、折しも夫は関西に出張中、心細いその夜を一人きりで

過ごさなくてはならなかった。

次の日、夕方に先生から電話があり、予定通り夜八時に迎えに行くことになる。

「たらちゃん、元気ですから」の一言に思わず涙が出た。

昨夜は夢見が続く浅い眠りだったので、何処かにまだ疲れが残っていた。

最後に見たのは、霧雨が降る雲の切れ目から、白黒猫が傘をさしてゆっくり降り

て来る夢だった。雲の切れ目からは一筋の光が放射していて、かなた遠くには

虹がかかっていた。

よく見ると猫は一匹でなく、あっちにもこっちにもいろんな模様の猫たちがそれ

ぞれに色とりどりの傘をさし、芋虫の様に身体を丸めて上手にバランスをとりな

がら、空の高みからゆっくりゆっくり降って来る……

 … ゆっくりゆっくり ……   ゆっくりゆっくり降って来る  ……

   

                       
                               


ケージの中で蹲る様にして待っていた猫は、名前を呼ばれると、口を「にゃお」

という形に動かして私を認識した。声は出さなかった。

先生に、

「恐がっているから噛み付きますよ」

と注意されたが、至極素直に抱かれてくれた。

どうやら先生は、噛み付かれたらしい。

車中は行きと変わらず鳴き通し。家に着いてからリビングで再び抱いてみたが、

いつものように喉を鳴らさない。缶詰を開けて皿に盛ると喜んで食べ始め、

その後トイレを使ってから漸く落ち着いたのか、やっと喉をゴロゴロ言わせた。


たらに投薬するようになってから、たみちゃんをなるべく部屋には入れないように

していた。その間一ヶ月あまり、梅雨の季節でも相変わらず朝ごはんを食べに

来る彼女のために、勝手口に置きっぱなしの棚に雨除けの工夫をしてベッドを

作っておいた。そしてたみちゃんは、何時間もそのベッドで昼寝をしていた。

たらの手術が終わってからも抗生物質の投薬をしなくてはならない。何度もやっ

ているうちに、飼い主も猫の方も慣れて来たのか、それほど大騒ぎをすることも

無くなった。それよりも、腹巻状の包帯はもとより、傷口を縫った糸を毛繕いの

ついでにぷつぷつと噛んでしまうのには困った。毎日続けているうちに糸はいつ

の間にか取れてしまい、毛を剃られたお腹の傷跡が腫れて来た。膿んでしまうか

もしれないのでまた病院へ走り、注射を一本打ってもらう。


何度も何度も車に乗せて病院に通った訳だが、車にだけはどうしても慣れてくれ

ない。


<つづく>

猫撫で草紙 その27へ  

2008.04.24

猫撫で草紙 その25

本日も’ごきげんたらちゃん’3連発からどーぞ☆

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Fh000003s30


   そ
     れ
       で
         は
           つ
             づ
               き
                 を
                   は
                     じ
                       め
                         ま
                           す


<その25>

初診の折、獣医さんから『生後6ヶ月ぐらい』と伺った。

猫は四月、十月にそのほとんどが生まれると言う話も耳にしていたので、たらの

誕生日は十月二日と決めた。まだ一歳にもならない猫はよく鳴きよく喋り、いつ

もぴょんぴょんウサギのように跳ね回り、ムササビのように冷蔵庫から戸棚に飛

び移り、蝙蝠のように網戸に張り付き、毎日がとても楽しそう。

紐でからかってやると目を真ん丸くして飛びつきじゃれまくり、鞠付きねずみの

おもちゃは始終噛み付かれ、アルミホイルを丸めて作ったボール玉を嬉々として

追いかけまくる。あっちに乗りたいと言われればあっちに乗せてやり、こっちに

乗りたいと鳴かれればこっちに乗せてやり、そうこうするうちにエアコンの上に

飛び乗ってしまい、「降りれない」と鳴き出して急遽呼び立てられる。

人間には解らないさまざまな匂いにも反応し、またそれを旺盛な好奇心で検分す

る作業も怠らない。

猫トイレの天井に脱臭剤を入れるスペースがあり、備え付けで用意されていた袋

詰めの脱臭剤は、ある時、中身の活性炭がすべてトイレの屋根にばら撒かれて

あった。

少し寒いかな? という夜、携帯用のカイロを彼女の寝床の下に忍ばせておいた

のも、次の朝、見事に中身がばら撒かれてあった。

水道の蛇口から流れる水は蛇に見えるのか、ある時、蛇口をぺろぺろ嘗めて蛇

を出そうとしている、あるいは水を飲もうとしているのに遭遇した時は絶叫しちゃっ

たのでした。


キッチンはもとより猫の居住スペースに於いて、少しでも匂いのある物はすべて

隔離しなくてはならない!

そして、猫が寝ている時を見計らってこちらも休むようにしないと身体が持たな

い! 

けれど猫の寝顔は見飽きる事が無い!!!

……またもや、睡眠不足でふらふらになる。しかし、それでも猫は容赦なく飼い

主をふり廻してくれた。


サッシを開け閉めするのを背後で何度も窺っていた猫は、ある時絶妙のタイミン

グで外に脱出成功し、飼い主はあわててそれを追いかける。その勢いに反して

それほど遠くに行く訳ではなく、大概が庭の中で、車の下なんぞにじっとして

いるだけなのだが、一旦、『室内飼い』と決めたからには『脱出』は許されない

のだ。何のために毎日毎日蚤やサナダ虫退治の薬を苦労して投薬している

のか?

急いでキッチンに戻り、カリカリ餌をそこら辺の容器に入れて、車の下で寛ぎ始

めた猫をおびき寄せる。

「たらちゃん、たらちゃん、おうち入ろうねえ~」

「おうち入っておいしいカリカリ食べようね~」

と、猫撫で声を出し、紐や埃取りハタキで誘導する。食べ物にはあまり反応しな

かったが紐やハタキは結構効果があった。


そして、至近距離まで近づけた時、思い切って猫の身体を捕まえるコツやタイミ

ングを、この頃何度か学習した。

<つづく>

猫撫で草紙 その26へ

2008.04.21

猫撫で草紙 その24

                                                                         
<その24>

三種混合予防接種一回目の注射を打ってもらい、その数日後には前肢に引っか

き傷を認めてまた動物病院に行き、そのまた一週間後には右目の下瞼が充血し

てきたので診てもらいに行き、たら中心の生活は一息つく暇さえなかった。

家の中に閉じ込められたと感じるのだろうか、外に出たい時は鳴くし、お腹が空い

たら鳴くし、虫が飛んで来たら鳴くし、寝ている時こそ静かでおとなしいけれど起き

ている時はずっと鳴いている。たみちゃんよりもおしゃべりだ。医者通いや投薬や

鳴き声でへとへとになってしまい、その日の午後は倒れ込むように和室の畳の上

で昼寝と決め込んだ。

和室には障子があるので猫は出入り禁止にしていたが、襖をガリガリさせながら

執拗に鳴かれてしまって、中に入れない訳にはいかない。

「お願いだから絶対障子は破かないでね」

と、一応頼んでから横になる。猫は横になった私の身体をくんくんくんくんと嗅ぎ

ながらゆっくりと廻り続けた後、何と胸の上に登り香箱を組んだ。苦しかったが疲

れ切っていた私はすぐさま寝落ちした。一眠りして目が覚めると、猫は部屋の隅に

重ねておいた座布団の上に移動していた。

そして、障子は破かれていなかったが座布団におしっこされていたのでした。

襖を締め切っていたのでトイレに行けなかったのね。

ああああああ、疲れて果てて眠りこけてもいられない。。。


けれど躾はしなくては!

トイレをちゃんと使えるのだから、そして、「障子を破らないでね」は通じたのだか

ら、こちらがその気になれば『食卓には乗らないように』も、その他もろもろも躾け

られそうだし。そしてそれは早いほうが良いかもしれないし。

気張っていたその頃は、あらゆることに人間のルールを押し付けようと試みた。

食卓に乗ってくれば、たとえ食事の時以外でも団扇で扇いで、

「乗ってはいけない」

を連呼し、霧吹きをシュッシュッさせて撃退した。しかし飼い主がリビングに居な

い時は、堂々とテーブルの上で鰻のように寝そべっていたし、食事時には、

特に刺身や焼き魚がテーブルに載った時は、それがどんな種類の魚であろうと

ピョンピョン乗って要求しまくる。食事中、強力なリクエストに根負けして焼き魚

の一片をお裾分けしてみると、猫は自分の餌皿に入れられたそれをガシッと咥え

て百八十度回転し、すたすたと部屋の隅まで運んでから右を向いてガシガシ、

左を向いてガシガシ、もう一度右を向いてガシガシと食べた。

再びテーブルに乗り、私たちの食事が終わるまで皿と皿の間をバレリーナのよう

に歩く。足元に降りてすりすり攻撃を仕掛ける。

『躾け』の『し』の字も進まない。                                                     

<つづく> 

猫撫で草紙 その25へ                                                                                                                                      

「斉藤たら」になってごきげん(?)
Tara0151s60
2001年5月24日撮影                                                                                                                

2008.04.17

猫撫で草紙 その23

<その23>


たらがやって来て十日あまりが経った。

何と言って頼めばBさんは猫を譲ってくれるのだろうか?

そんなことばかり考えていた。


その日曜日の朝、意を決しB夫人の娘さん宅に電話してみる。

ずっとBさん宅には帰らないでウチに寝泊りしているんですと事実をありの

ままに話すと、

「その猫はウチの猫じゃないと思いますよ」

「とにかく午後にでも伺って確認させてもらいますね」

という返事で、急に慌ただしくなった。

約束通り確認に来てくれたB嬢は、

「ウチにも似た子が居ますけれどね、この子はほら女の子でしょ?」

と、慣れた手つきで、猫を腕の中で逆さにして教えてくれる。道理で先日、

B夫人に見せに行った時には怯えたように逃げて行った訳だ。

『迷い猫探してます』というチラシもポスターも見かけなかったから、この瞬間、

目出度く『たら』は正真正銘我が家の猫になったのだ!!!

夫はすぐに、ちゃんとした猫トイレを買いにスーパーに走った。夕方には獣医

さんに連れて行って診察を受けさせる。予防注射を済ませ、

「外にいたんだからしょうがないですよ」

と、慰められるように言われて蚤や条虫の薬を出してもらい、

『斉藤たら・雌・日本猫』と書かれた診察券を受取った。


たみちゃんは相変わらず毎朝通って来たが、何となく元気が無かった。朝ごはん

のカリカリも食べずに去ってしまうことさえあった。しかし私たちはたらの世話に

追われて、毎日がたら中心の生活になってしまう。

まず、飲み薬の錠剤を半分に割って、一日一回飲ませなくてはいけない。ネコ缶

の魚に混ぜておけば一緒に食べちゃうだろうと高をくくっていたが、猫はちゃんと

白くて小さな塊だけを残す。そんなことでは騙されない。

一人でやるには自信がなかった。夫が帰宅してから二人がかりで、

『猫の口を両手で大きく開けて薬を放り込み、それからすぐ猫の口をしっかり閉

じて無理やり飲ませる』と『薬の飲ませ方パンフレット』に書かれてある通りに

恐る恐る実行。

口を開ける時噛み付かれそうで恐かったし、口を閉じた時の猫の顔が驚いたよう

に目を見開くので、可哀相になった。

無事飲み込んでくれた時はぎゅっと抱きしめて「ごめんねごめんねごめんね」と

謝り、謝っているうちに悲しくなる。上手くいかなくてぺっぺっと吐き出してしまった

時はなんだかおかしくなって笑いこけた。

目薬は何回やっても『二階から目薬』。猫の方でも『抱っこ』イコール『投薬』だと

学習してしまったのか、こちらがもたもたしているとさっさと逃げ出し、部屋のあち

こちに隠れまくった。こうなると猫との頭脳戦です。

獣医さんに「できるだけ家の中で飼ったほうがいいですよ」とアドバイスされた

し、たみちゃんのように外猫さんになると何処かの誰かさんに懐いてしまう恐れ

もあるのだから、『室内飼い』にする事は当然の成り行きであった。しかし一旦

『室内飼い』と決めると、今度は猫の方が外に出たがる訳で。。。


猫の日用必需品は日に日に増え、トイレを買って爪研ぎを買っておもちゃを買っ

てキャリーを買って、そして胴輪も買って来た。

たまには胴輪を着けて、犬のようにお散歩に連れて行こうと思って。


<つづく>


猫撫で草紙 その24へ

たみちゃんとたら2ショットその2
01050615

2008.04.14

猫撫で草紙 その22

「猫マニアッ句」にご訪問いただきありがとうございます。

ただいま4周年記念特別企画(!)エッセイ「猫撫で草紙」連載中。

猫写真と猫俳句による「猫マニアッ句」は5月頃再開の予定です。

010506
たみちゃんとたらの2ショット!(2001年5月6日撮影)
たみちゃんチトぶ~たれてるかな?


<猫撫で草紙 その22>


白黒猫の名前はわりとすぐに付けられた。たみちゃんの『た』をもらって『たら』と

決めた。

次の日の朝、いつも通りにやって来たたみちゃんと一緒に『たら』もリビングに上

がる。雨がまた降り始めたのだ。

たらは朝までずっと家の回りにいたのかもしれない。

たみちゃんが鈴を鳴らしてやって来れば、寸足らずカーテンの窓が開くのを知って

いたのかもしれない。

雄でも雌でもどちらにもいいように名付けてみたのだが、『たら』は雌であった。

雌同士だからなのか二匹とも相性は悪くなさそうで、その日は早速彼女たちに

留守番を任せて買い物に出かけた。


たらは帰宅後もずっと居座り、外に出て行こうともしないので、猫トイレを作って

一泊させる。

次の日、抱きかかえてBさん宅に行き、B夫人に猫を見せて尋ねると、

「ああ、この子、ウチの猫ですよ」

と言う。

猫が来てからの経緯をかいつまんで話し出すと『ウチの猫』はBさん宅に入る

でもなく、それどころか何かの危険を悟ったように腕の中から一目散に逃げ出

してしまった。まあとにかく飼い主がBさんだということが判って良かったが、

挙動不審だなあとも思う。

そのまま外で遊んでいたらしい彼女は夕方にはちゃんと戻って来て、そして当然

のように上がりこむ。そして当然のように一夜を明かして、朝いつも通りにやって

来たたみちゃんを網戸越しに迎えた。

網戸越しにたらを認めたたみちゃんの表情は、人間の目にも複雑なものだった。

その日の昼に新聞の集金お兄さんが来た折、玄関近くに居座っていたらしいたみ

ちゃんは、玄関ドアが開くとすかさず家に上がり込んで、

「にゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあにゃあ」

と、矢継ぎ早におしゃべりして甘えた。次の日の朝には、花壇にしゃがんで用を

足そうとするたらの後頭部をすかさず猫パンチして、それを制した。

たみちゃんの方も自分の存在をアピールするのに必死で、縄張りを主張するため

にも新入りにみっちりルールや仁義を教えている。

その花壇にもう一匹、新入りに挨拶がてらシューシュー言いながら寄って来た

ミッチーは、逆にたらの強力な一撃ですごすご退散した。たらの身体の二倍はあ

る雄のミッチーも、この時ばかりは何故か完敗したのだ。三日間泊まり続けて

「わたしは何としてでもこの家の子になるんだ」と決意したかのような、そしてそん

な強い気持ちが炸裂したかのような見事なアッパーカット。


そんなこんなで、とうとう二匹で仲良くソファーに並んで寝るようになり、朝ごはん

を済ませてから二匹を外に出すと、たらはやはり何処にも行かず、ベランダや庭先

でじっと次に中に入るタイミングを窺っていた。夕方になると「メエメエメエ」と

羊のように鳴いて、夕飯を催促する。

ある日の風の強い昼下がり、レースのカーテンの隙間からサッシ越しにベランダを

窺うと、植木鉢用の棚を風除けにして小さく箱座りした彼女は、何度も何度も胸や

前足をぺろぺろ舐めて自分を励ましながら何かをじっと待っていた。その佇まいは

あたかも「この家に置いてもらいます」という意思表示であり、「こんなにアピール

しているのにどうして解ってくれないの?」という抗議でもあり、「この家に置いて

くれますように」と願う彼女の祈りでもあった。

この時、この猫はもう絶対Bさん宅には帰らないだろうと確信した。

そしてその夜から、たらを『外には出さない』ことにする。


一日中リビングで生活するようになった猫は、今まではたみちゃんが寛いでいた

ソファーに堂々と陣取り、朝ごはんと夕ごはんをキッチンで食べ、トイレも室内で

済ませる。トイレの使い方をちゃんと知っているのは野良ではない証拠なのか。

金魚を飼い始めた当初、自分以外にも『動くもの』が家の中に居る事実にまさに

心が躍る喜びだったが、ピアノの練習を終えて二階から一階のリビングに降りて

来ると、そこに私を待っている猫が居ることは金魚の時の喜びの比ではなかった。

階段を下りて来る足音を聞きつけて、猫はいつでもドアの向こう側で「メエメエ」

言いながら待っている。ひとりにされたことが淋しいのか、抱いてもらうまで足元

に何度もすり寄る。ソファーで寝ていても、寝ぼけ眼のまま「アーアー」と鳴いて

挨拶する。お腹を見せて両手を上げて横向きに寝転んだ猫の頭から尻尾まで、

その気高き毛皮を右手で撫でさせてもらうと、猫は喉をゴロゴロ言わせて喜び、

撫でてもらったお返しと言わんばかりに顔の前に置いた左手の甲を、自分の毛繕

いをするような丁寧さで何べんも何べんも舐めてくれる。それは予想以上に力の

強い、ざらざらした、熱い感触だ。たみちゃんが家の中で私を待っていることは無

かったので、この儀式は新鮮だった。


布張りのソファーは爪研ぎでぼろぼろにされ、リビングのあちこちが毛だらけにな

り、掃除にかける時間が以前の倍に増えてしまったが、いつの間にかそんなこと

は苦にならず、こまめにせっせと掃除する習慣さえついてきた。


猫たちに鍛えられたのか。


<つづく>


猫撫で草紙 その23へ

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